なぜ中小企業はERPカスタマイズに過剰なコストを支払ってしまうのか — そしてその防ぎ方
ERPは業務効率の向上やデータの一元管理を実現し、意思決定を早める重要な基盤とされています。しかし、日本の中小企業では、想定以上のコストが発生したり、カスタマイズが複雑化し運用が難しくなったりするケースが多く見られます。
多くの場合、問題の根本は 「技術」ではなく「業務プロセスの不明確さ」や「過剰な要件追加」 にあります。
本記事では、なぜカスタマイズ費用が膨らむのか、その背景と防止策を整理します。
1. 自社の業務プロセスを十分に把握していない
日本企業では、属人的な作業や暗黙知に依存した手順が残っていることが少なくありません。
例:
- 「確認は担当者に口頭で依頼している」
- 「在庫数は担当が逐一チェックしている」
- 「承認は責任者がその場で判断している」
これらの曖昧なプロセスをERPに落とし込もうとすると、複雑な条件分岐や特別な処理が必要となり、カスタマイズ費用が一気に増加します。
防止策
- 現状業務を詳細に可視化(業務フロー、RACIなど)
- 不要なプロセスを整理し、標準化を優先
- ERP側の標準機能に合わせられる部分を明確化
2. “便利そうだから” という理由で機能を追加してしまう
導入段階では、次のような要望が頻繁に出ます:
- 「この項目も追加してほしい」
- 「将来使うかもしれないので入れておきたい」
- 「念のためワークフローを増やしたい」
しかし、1つの項目追加でも、以下の対応が必要になります:
- データベース構造の変更
- 入力チェックの追加
- 権限管理への影響
- APIや連携処理の更新
- レポート修正
- 画面UI調整
“小さな追加” が多数積み重なると、全体コストが急上昇します。
防止策
- 要望を「必須・推奨・将来的に検討」の3段階で分類
- “今すぐ必要ない” 機能は段階導入(Phase 2 以降)へ
- 標準機能の活用を優先する
3. カスタマイズが多いほどシステムのアップグレードが困難になる
ERPは定期的にバージョンアップが行われます。
しかし、カスタマイズが多いと次の問題が発生します:
- 新しいバージョンと独自カスタムが競合
- データモデルの変更による不整合
- レポート・ワークフローの再調整
- 画面レイアウトの再作成
結果として、アップグレード費用が初期導入費用を超えるケースも珍しくありません。
防止策
- コア機能への深い改変は避ける
- 独自機能は可能な限り外部モジュール化
- API連携を活用し、本体の変更を最小限に留める
4. ビジネスルールの決定が遅れ、手戻りが発生する
ERP開発では、以下のようなビジネスルールが極めて重要です:
- 承認権限の範囲
- 単位・規格の統一
- 売上・原価・割引の算定基準
- 品目マスタの分類ルール
これらが明確でないまま開発を進めると、仕様変更が繰り返され、結果としてコスト増加につながります。
防止策
- 事前に業務ルールを確定させる
- 意思決定の責任者を明確にする
- 仕様変更の影響範囲を理解しながら進行
5. レポート作成が“隠れコスト”になっている
多くの中小企業が見落としがちなのが レポートの開発コスト です。
シンプルに見えるレポートでも、内部では:
- 複数テーブルを用いた複雑なJOIN
- 過去データの補正処理
- 権限ごとの表示制御
- エクスポート形式の調整
- 集計ロジックの最適化
など、多くの工数が必要になります。
防止策
- まず標準レポートを活用
- 実運用後に本当に必要なレポートのみ追加
- 目的と必要指標を明確に定義する
6. 変革(チェンジマネジメント)への理解不足
日本企業では、従来のやり方を大切にする文化が強く、ERP導入時に以下の問題が発生しやすい傾向があります:
- 旧来の作業手順を維持しようとする
- 不必要な承認ステップを追加してしまう
- Excel ベースの運用を強く引きずる
これらは結果的に、ERPを不必要に複雑化させ、カスタマイズコストを増大させます。
防止策
- 初期段階からユーザートレーニングを実施
- “なぜそのプロセスが必要か” を説明しモチベーションを向上
- 新しい業務フローへの適応を組織の共通目標にする
7. ベンダーとのコミュニケーション不足が手戻りを招く
よくある例:
- 要件が文書化されていない
- モックアップや画面例がない
- 担当者によって内容が変わる
- 運用ルールに例外が多い
これにより、開発→修正→再開発のループが生まれ、コストと期間が増大します。
防止策
- 要件を文書化し、変更履歴を管理
- 画面イメージ・サンプルデータを提示
- 窓口担当を一本化し、意思決定の遅延を防ぐ
まとめ:必要なのは「カスタマイズの量を増やすこと」ではなく「賢く選択すること」
中小企業がERP導入で過剰なコストを支払う理由は、技術的な複雑さではなく、
- 業務プロセスの曖昧さ
- 必要以上の機能追加
- 意思決定の遅延
- 組織の変化への抵抗
といった業務と組織側の課題にある場合が多いのです。
ERPは本来、業務を簡素化し、企業の成長基盤を支える存在です。
そのためには、標準化とシンプルさを中心に設計し、必要最低限のカスタマイズに留めることが重要です。
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