古典的プログラミング思考 ― Kernighan & Pike から学び続けること

“本当の問題は、プログラマーが重要でない部分の効率を気にしすぎていることだ。”
— Brian Kernighan

現代のプログラミングは、フレームワーク、アーキテクチャ、ツールの話題であふれています。
一方で、古典的なプログラミングは 明確さ・単純さ・思考の質 を重視します。

Brian Kernighan と Rob Pike(『The Practice of Programming』の著者)は、
プログラミングを「速くコードを書く作業」ではなく、問題を正しく理解し、分かりやすく解決する行為として捉えてきました。

本記事では、「古典的プログラミング思考」とは何か、なぜ今も重要なのか、そしてそれを現代のソフトウェア開発や システムインテグレーション にどのように活かせるかを解説します。


1. プログラミングとは「入力」ではなく「思考」である

Kernighan & Pike が繰り返し強調している核心は次の一点です。

バグの多くは文法(syntax)ではなく、設計の問題から生まれる

古典的なプログラマーは次のように考えます。

  • コードを書くよりも 考える時間 を重視する
  • 必要最小限のコードを書く
  • コードを「人に伝える文章」として扱う

古典的な思考プロセス

問題を理解する → 単純に設計する → 明確に書く → 論理的にテストする

現代によくある落とし穴

フレームワークを選ぶ → 雛形を生成する → 後からバグに悩む

この違いは、工場システム、業務基幹システム、IoT などの 複数システムが連携する環境 で特に重要になります。


2. 「賢さ」より「単純さ」を選ぶ

『The Practice of Programming』で最も印象的な教えの一つは次の言葉です。

読みにくいコードは間違っている ― たとえ高速でも

古典的なスタイルでは、以下を避けます。

  • 過度に巧妙な one-liner
  • 層が深すぎる抽象化
  • 書いた本人しか理解できないコード

代わりに重視するのは、

  • 直感的なロジック
  • 追いやすいデータの流れ
  • 意図が分かる名前

これは、日本の現場で重視される 保守性・引き継ぎ・長期運用 と非常に相性が良い考え方です。


3. アルゴリズムの前にデータ構造を考える

Kernighan–Pike の有名な原則があります。

正しいデータ構造を選べば、アルゴリズムは自然に決まる

考えるべき問いは次のようなものです。

  • データはどのような形を持つべきか
  • どの順序で流れるのか
  • どこで状態が変わるのか

実際の業務システム(ERP、MES、在庫管理など)では、
性能問題の多くはコードではなく データ設計の誤り に起因します。


4. テストとは「数値」ではなく「問い」である

古典的なテストは、カバレッジ率よりも次を重視します。

  • 入力が空の場合はどうなるか
  • 想定外に大きな入力ではどうか
  • 暗黙の前提は何か

この姿勢は、
金融、製造、ハードウェア連携など 失敗が許されないシステム に不可欠です。


5. 小さなプログラムは長く生きる

Kernighan & Pike は次を推奨します。

  • 小さな関数
  • 単一責務のモジュール
  • 疎結合

人間は大きなものより 小さな単位 の方が理解しやすいからです。

実務では、

  • 複雑すぎるマイクロサービス
  • 誰も触れなくなった巨大モノリス

といった失敗を何度も目にします。


6. なぜ 2025 年でも重要なのか

AI によるコード生成や巨大フレームワークが普及しても、
失敗の原因は今も変わりません。

  • 要件の誤解
  • 不要に複雑な設計
  • チーム間・システム間の認識ズレ

古典的思考は、

  • 長期運用に耐える設計
  • 引き継ぎ可能なコード
  • 技術者以外にも説明できる構造

を可能にします。


7. 現代で古典的思考を実践する方法

最新ツールを否定する必要はありません。
古典的な規律で使うこと が重要です。

  • まず日本語で解決策を書く
  • 紙にデータフローを描く
  • 最も単純な実装から始める
  • 抽象化を増やす前に削除を考える
  • コード自体が説明書になるようにする

8. 古典的スタイルの小さなプログラム例

"""
Word Frequency Counter

A small program written in the Kernighan–Pike spirit:
- clear purpose
- simple data structures
- readable control flow
"""

import sys
from collections import defaultdict

def read_words(filename):
    """Read words from a file and normalize them."""
    words = []

    try:
        with open(filename, "r", encoding="utf-8") as f:
            for line in f:
                for raw in line.split():
                    word = raw.strip(".,!?\"'()[]{}")
                    if word:
                        words.append(word.lower())
    except OSError as err:
        print(f"Error reading file: {err}")

    return words

def count_words(words):
    """Count occurrences of each word."""
    counts = defaultdict(int)

    for word in words:
        counts[word] += 1

    return counts

def print_report(counts, limit=10):
    """Print a simple frequency report."""
    print("Word frequency report")
    print("---------------------")

    items = sorted(
        counts.items(),
        key=lambda item: item[1],
        reverse=True,
    )

    for word, count in items[:limit]:
        print(f"{word:15s} {count}")

def main(filename):
    words = read_words(filename)
    counts = count_words(words)
    print_report(counts)

if __name__ == "__main__":
    if len(sys.argv) != 2:
        print("Usage: python wordcount.py <filename>")
    else:
        main(sys.argv[1])

まとめ

Kernighan & Pike は、
私たちに「速く書く方法」ではなく、

「正しく考える方法」 を教えてくれました。

AI がコードを書く時代だからこそ、
考える力こそが最も希少なスキル になっています。


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