なぜ利益を生むシステムでも「本当の価値」を持たないことがあるのか

Good Strategy / Bad Strategy』の洞察を、日本市場におけるシステム開発(ソフトウェア・ハードウェア・コンサルティング)に応用する


はじめに:利益=価値、ではない

多くの企業経営者やプロジェクト責任者は、こう語ります。

「このシステムは、しっかり利益を生んでいる」

それ自体は事実かもしれません。しかし、Richard Rumelt が著書『Good Strategy / Bad Strategy』で示した有名な思考実験は、私たちに重要な問いを投げかけます。

それが、「年間1,000万ドルを生み出すUFOの機械」の例です。

要点は次の一文に集約されます。

その機械は利益を生むが、所有者が変わると戦略的価値を失う

この考え方は、日本のシステム開発・SI・コンサルティング事業にも深く当てはまります。


UFOの機械を、日本のシステム開発に置き換えると

次のようなシステムを想像してください。

  • 年間数千万円規模の売上を生む
  • 顧客は満足している
  • しかし、同等のチームがあれば1年以内に再構築できる

数値上は「価値がある」ように見えます。

しかし戦略的に見ると、それはUFOの機械と同じです。

利益は出ているが、なぜ競争に勝てているのかが説明できない


なぜ利益だけでは戦略にならないのか

従来の評価指標は、以下に集中しがちです。

  • 売上
  • 成長率
  • 利益率
  • 投資回収

Rumeltが問うのは、もっと本質的な点です。

なぜこの利益は存在し、なぜ他社に簡単に奪われないのか?

この問いに答えられない場合、その利益は一時的である可能性が高いのです。


日本企業に重要な「移転テスト」

戦略的価値を見極める、非常にシンプルな方法があります。

このシステムを他社に譲渡しても、競争優位は残るか?

もし譲渡した瞬間に:

  • 顧客との関係が失われ
  • 運用が回らなくなり
  • 利益構造が崩れる

のであれば、価値は「システムそのもの」ではなく、文脈(現場・関係性・知見)にあったということです。


「普通の価値」と「面白い価値」

普通の価値(Boring Value)

  • 汎用的なシステム
  • 機能差での競争
  • 価格競争に陥りやすい
  • 他社が容易に模倣できる

これは、UFOの機械型の価値です。


面白い価値(More Interesting Value)

Rumeltが示す本当の価値は、非対称性から生まれます。

  • 他社が持たない知識
  • 他社が入り込めないポジション
  • 他社が再現できない現場文脈

日本のシステム開発では、次の形で現れます。

  • 現場業務に深く組み込まれたシステム
  • ハードウェアと密接に結合した設計
  • 長年の運用で蓄積されたデータ
  • 業界・法規・商習慣への深い理解

日本市場で見られる「面白い価値」の例

1. 現場に埋め込まれたシステム

  • 工場のMESや生産管理
  • インフラ・設備と連動する制御系
  • 業務手順そのものを定義するシステム

これらは「置き換えコスト」が高く、それ自体が価値になります。


2. 時間とともに価値が増すデータ

  • 運用データ
  • 品質・保全・改善履歴
  • ノウハウが反映された設定値

コードだけを渡しても、同じ成果は再現できません。


3. 信頼関係と継続的な伴走

日本では特に、以下が重要です。

  • 長期的な信頼
  • 安定運用への責任感
  • 現場を理解する姿勢

ソフトウェアは一部であり、価値は関係性の中にあります


graph LR
    A["利益を生むシステム ≠ 戦略的価値"]

    A --> B["短期的成果"]
    B --> B1["売上"]
    B --> B2["利益"]

    A --> C["普通の価値"]
    C --> C1["汎用システム"]
    C --> C2["模倣可能"]
    C --> C3["価格競争"]

    A --> D["面白い価値"]
    D --> D1["非対称性"]
    D1 --> D1a["専門知識"]
    D1 --> D1b["独自ポジション"]
    D1 --> D1c["現場文脈"]

    D --> D2["現場密着システム"]
    D --> D3["データ蓄積"]
    D --> D4["信頼関係"]

    A --> E["戦略テスト"]
    E --> E1["所有者が変わっても優位は残るか"]

日本の経営者・責任者への問い

機能追加や次の案件に進む前に、こう問いかけてみてください。

このシステムは、来年さらに置き換えにくくなっているだろうか?

答えが曖昧であれば、利益は持続しません。


結論:製品ではなく「ポジション」を設計する

UFOの機械が教えるのは、次の真理です。

利益は結果であり、戦略ではない。

日本で長く生き残るシステムは:

  • 説明しにくく
  • 引き継ぎにくく
  • 簡単には置き換えられない

だからこそ、価値が続くのです。


本記事は Richard Rumelt 著『Good Strategy / Bad Strategy』の考え方に着想を得ています


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